東京高等裁判所 昭和28年(ラ)377号 決定 1953年12月12日
抗告人 江商株式会社 外二名
訴訟代理人 白石信明 外一名
主文
抗告人江商株式会社の抗告はこれを却下する。
抗告人株式会社丸本、同本多五郎の抗告はいずれもこれを棄却する。
理由
抗告人江商株式会社の抗告の要旨は次のとおりであつて、同抗告人は、証拠として疎第一ないし第十二号証を提出した。
抗告人江商株式会社は本件競売の申立人であつて、競売法第二十七条所定の利害関係人であるところ、本件競落代金百二十万円(土地代金八十万円、建物代金四十万円)は、時価(土地は三百四十四万三千五百円、建物は百八十二万四千二百円に)比しあまりにも低廉であつて、再度競売を実施せらるるときは裕に高価に売却せらるべき可能性があり、従つて本件競落許可決定により損失を被るべき場合であるので、右決定に対し即時抗告をなしたのであるが、原決定の基礎となつた競売手続には次のような違法がある。
(一) 本件競売の目的たる土地は二筆あるので、競売期日の公告にその公課及び最低競売価額を掲載するにあたつては、各別にこれを定めて記載しなければならないのにかかわらず、一括してこれを記載したのは違法である。
(二) 本件競売の目的たる土地は株式会社丸本の所有であつて、建物は本多五郎の所有である。そして本多五郎は 株式会社丸本から右土地を期間の定なく賃借し、右地上に右建物を建設所有し、これを株式会社丸本に賃貸している関係にあり、右建物については登記ありかつ引渡を了しているので、右二箇の賃貸借はいずれも競落人その他の第三者に対抗しうべきものである。従つてこれを競売期日の公告に掲載すべきであるにかかわらず、競売裁判所は右賃貸借の存在について何ら調査することなく、漫然賃貸借なしとして公告したのは違法である。
(三) 数個の不動産を一括競売に付するためには、利害関係人の同意をうることを要するにかかわらず、本件において、原裁判所がこれをうることなく二筆の土地を一括して競売に付したのは違法である。
(四) 本件競売調書には、昭和二十八年九月二十五日午前十時競買価額を申出づべき旨の催告をなし天野忠雄の競買申出があつて同十一時終局を告知した旨の記載があるが、同日静岡地方裁判所浜松支部において、、本件のほか同庁昭和二十八年(ケ)第三六号、同年(ヌ)第一二号各競売事件の競売が執行吏矢野鼎の担当の下に午前十時から実施されており、三件同時に競売期日を開き競売を実施することは物理的に不可能であるので、右三件が共に午前十一時に終局せる旨の記載よりすれば、少くとも二件は催告後満一時間を経過していないものとみるのほかなく違法である。
(五) 本件競売の目的たる建物には、東側に間口一間奥行七間の木造トタン葺平家がいわゆる葺下げにして建築されているが競売裁判所は右事実を無視してこれを競売期日の公告に掲載せず、又最低競売価額を定めるにあたつても右事実を参酌していない。もし右事実が公告上明瞭であるときは、より高価の競買申出をなす者もあるべく、申立人たる抗告人はこれにより損害を被る次第である。
(六) 本件競売の目的たる土地建物に対する鑑定人矢野鼎の評価(土地八十万円、建物四十万円)は、時価(土地三百四十四万三千五百円、建物百八十二万四千二百円)に比しあまりにも低廉にすぎ、実質的には、ないにひとしいものであつたので競売裁判所はよろしく職権を以て再鑑定を命ずべきであつたのにかかわらず、漫然右鑑定人の評価を採用してこれを以て最低競売価額となしたのは違法である。
(七) 鑑定人矢野鼎は、本件競売を実施した執行吏であつて、裁判所の命に服する義務あるものであるから、競売裁判所が同人を鑑定人に選任したのは違法である。
(八) 本件競売期日の公告が掲示されたという静岡地方裁判所浜松支部の掲示板は、箱であつて、表面は金網を張りその上は硝子張りであり、手が出せないから、その硝子を通じて公告が一目瞭然によみうるよう掲示されねばならないのにかかわらず、その箱の内部に「競売関係公告綴」と表紙に記載ある一冊の公告綴が一本の釘にかけてあるだけであつて、しかもその裏側には錠が施してあるので、一般人はついに公告があるかないか判らない状態であり仮に右錠が執務時間中はかけられてないとしても。これをあけて内の公告をみるには余程の勇気と努力を要するものというべく、本件競売期日の公告がかかる状態において掲示されていたとすればそれは公告なきにひとしいものである。
(九) 競落期日の調書には利害関係人の出頭、不出頭を明確にしなければならないのにかかわらず、昭和二十八年九月二十五日の本件競落期日調書にかかる記載のないのは違法である。
(一〇) 本件競売申立は根抵当権の実行としてなされたものであるから、その競売申立をなすにあたつては、現実に存在する債権を疎明させることを要するにかかわらず、これをさせなかつたのは、競売申立の要件をかくものであつて、従つてその競売開始は違法であり、これに基く競落は許すべきでない。
よつて「原決定を取り消す。本件競落はこれを許さない。」との旨の裁判を求める。
抗告人株式会社丸本、同本多五郎の抗告の要旨は次のとおりであつて、右抗告人らは、証拠として甲第一号証を提出した。
(一) 本件競売申立は根抵当権の実行としてなされたものであるところ、抗告人らは、従来申立人と無担保取引を継続して来たのを根抵当権を設定すれば倍額に増加するという申立人の申出を信じて右根抵当権を設定したのである。しかるに申立人は前言をひるがえし取引額の増額をしないのみならず全然取引を停止したので、右根抵当権設定契約は要素の錯誤により無効である。
(二) 仮に右根抵当権の設定が無効でないとしても、申立人は、昭和二十八年五月抗告人らに対し右根抵当権の被担保債権の弁済を同年十二月末日まで猶予する旨約したので、本件競売は続行すべからざるものであるにかかわらず、これを続行したのは違法である。
よつて「原決定を取り消す。本件競落を許さない。」との裁判を求める。
右に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
利害関係人は競落の許否についての決定により損失を被るべき場合においてはその決定に対して即時抗告をなすことをうることは、競売法第三十二条、民事訴訟法第六百八十条の明定するところであつて、本件において、抗告人江商株式会社が競売法第二十七条所定の利害関係人であることは記録上明らかであるが、本件競売手続の違法なることにより右抗告人が損失を被ることは、その提出にかかる証拠方法によつては未だ十分に証明されたとなすことができない。けだし各利害関係人はその被るべき損失を証明すべき責任を負うこと固より当然であるところ、右抗告人は、本件競売の申立人であつて、債務者及び所有者とことなり、本件競落により当然損失を被る者ということはできず、その被るべき違法の損失は、結局その主張のような違法がなかつたならばより高価に競売されたはずであり、その売得金から弁済を受くべき立場にある抗告人がその価額と本件競落代金との差額を失うことに帰するのであるが、右抗告人がこのような損失を被るべきことは、その主張自体によるも、その提出した証拠によるもこれを認めることができないので、右抗告人の抗告は、既にこの点において不適法であるといわねばならぬ。しかしながら、本件抗告は、競売法第三十二条民事訴訟法第六百八十二条第二項により抗告人株式会社丸本、同本多五郎の申立にかかる抗告と互にこれを併合したものであり、又後の抗告事件においては、裁判所は、職権を以て競売手続の違法の有無を審査し、抗告の当否を決する職責をもつているものであり、なお抗告人江商株式会社の抗告理由中には前記損失の有無と関連をもつものとして主張されているものもあるので、あるいは無駄かも知れないのであるが、逐次その抗告理由について判断することとする。
(一) 記録によれば、競売裁判所は所論の二筆の土地を併合して競売に付したのであつて、又その一筆を以て債権及び費用を弁済しうる場合でないのであるから、競売期日の公告にその公課及び最低競売価額を掲載するにあたり、これを各別に記載せずして、合算して記載したのは当然であつて、抗告人主張のような違法はない。
(二) 競売法第二十四条第五項民事訴訟法第六百四十三条第一項第五号第三項によれば、競売法による競売の申立には、競売の目的たる地所、建物につき賃貸借がある場合には、その期限並びに借賃、及び借賃の前払又は敷金の差入があるときは、その額を証すべき証書を添附すべく、この要件を証明することができないときは、申立に際し、その取調方を裁判所に申請できるのであるが、裁判所は取調の申立のない限り、職権を以て、取調を命ずべきでないから、賃貸借の有無ついても賃貸借がないものとして手続を進行させるよりほかないのである。そして、本件において、申立人である抗告人の競売申立書によれば、目的たる土地建物につき賃貸借関係がない旨記載せられてあり、又格別賃貸借取調の申立もしていないのであるから、原裁判所が所論の賃貸借の有無につき何ら調査することなく、賃貸借のないものとして競売手続を進行したのは当然であつて、本件競売手続には所論のような違法の点がないばかりでなく、抗告人の右抗告理由は、自らなした申立書記載の賃貸借関係なしとの言に反するものであつて、許すべきでない。
(三) 数個の不動産に対して同時に競売の申立があるときは、これを各別に競売に付すると一括して競売に付するとは、競売裁判所の裁量によつて決しうるところであつて、各別に競売することは売却条件ではないのであるから、競売裁判所は、これが一括競売を命ずるにあたり、必ずしも利害関係人の同意をうることを必要としないのである。固より競売裁判所は、一括競売が箇別競売に比してより利害関係人に有利である場合でなければ一括競売を命ずべきでないが、鑑定人矢野鼎提出の不動産評価書によれば、本件二筆の土地は、事実上一団の土地であり、かつ内一筆は道路に面していないので、これを一括して競売に付した方が各別に競売に付した場合より有利であることが実験則上明らかであるから、競売裁判所がこれを一括して競売に付したのは正当である。
(四) 執行吏矢野鼎作成の不動産競売調書によれば、昭和二十八年九月二十五日午前十時競売期日を開き、競買価額を申出ずべき旨の催告をなし、その後満一時間を経たる午前十一時終局を告知したことが明らかであつて競売調書は執行吏の作成する公正証書であるから、その偽造もしくは変造になる旨の反証を提出するのでなければその真正を争うことはできないものというべく、右につき何ら証拠を提出せずして右競売調書の記載に反する主張をなす抗告人の抗告理由(四)は理由がない。
(五) 本件競売の目的たる建物に所論のような葺下げがあつたとしても、全体として経済上著しい差異を認めることができず従つてこれが競売期日の公告に記載せられ、又最低競売価額を定めるに当つて参酌されたからといつて、格別高価の競買申出をなす者のあることも予想されないので、本件公告を違法とすべきではない。
(六) 最低競売価額決定の基礎となつた鑑定人の評価額が低廉にすぎるとの主張は、その評価があまりにも乱暴であつて評価に値しないというような場合を除き、競落許可決定に対する抗告適法の理由となすことができないものであるところ、本件において、鑑定人矢野鼎のなした評価が評価に値せず実質的にはないにひとしい場合であることは、抗告人の証拠によつてはにわかにこれを断ずることはできないので、結局評価額に関する意見の相違というのほかなく、抗告人の抗告理由(六)は理由がない。
(七) 裁判所は鑑定人をして競売に付すべき不動産の評価をなさしめその評価額を以て最低競売価額となすべきことは、競売法第二十八条の明定するところであつて、固より鑑定人は公正に鑑定をなすべきものであるが、何人を鑑定人に選任するかは競売裁判所の意見を以て決すべきことであつて、裁判所の命令に服する執行吏を鑑定人に選任することもまた妨げあるものでないから、抗告人の抗告理由(七)もまた理由がない。
(八) 競売期日の公告は、裁判所の掲示板及び不動産所在地の市町村の掲示板に掲示してなすべきことは、競売法第二十九条第二項民事訴訟法第六百六十一条の規定するところであつて、その趣旨とするところは、なるべく多数人をして競売期日を周知せしめ以て競売の実施を適正ならしむるにあるが故に、これを掲示するにあたつては、不特定多数人がこれを閲覧するに便利の様配慮するは当然であり、かつ望ましいことではあるが、たとえ本件公告を掲示した静岡地方裁判所浜松支部の掲示板がその設備構造において不完全であつたとしても、とにかく不特定多数人が閲覧しうるよう右掲示板に掲示したことは疑ないところであるから、その掲示方法を目して所論のように掲示がなかつたものと同一視することができず、しかも抗告人がこのことにより損失を被るべきことの証明がないのであるから、抗告人の抗告理由(八)は理由がない。
(九) 競落期日の調書は、競売手続の性質による差異の生じない限り口頭弁論調書についての規定に従つてこれを作成するを適当とし、又、利害関係人が競落期日に出頭して競落の許可につき陳述をなしたときは、これを調書に明確ならしむることを要するものであるけれども、競落期日の調書に利害関係人の出頭不出頭を明確ならしむることは必ずしも必要でなく、出頭の記載なきときは出頭しなかつたものと認むべきものであるから、所論調書にこの点に関する記載がないからといつて、違法ということはできない。
(十) 競売法による競売申立書には、競売の原因たる事由を記載すべきことは、競売法第二十四条第一項の規定するところであるけれども、その申立が根抵当権の実行としてなされた場合、申立当時存在した被担保債権の額までも証明する書類を申立書に添附することは必ずしも必要でないので、本件競売申立には所論のような違法はない。
次に抗告人株式会社丸本、同本多五郎の抗告理由について判断する。
所論(一)の事由は、これを認むべき証拠全然なく、(二)の事由は、甲第一号証によれば単に当分の間猶予したというに止まりこれだけでは右事由を認めることができないので、抗告人らの抗告理由はすべて理由がない。
その他記録を精査するも、原決定取消の事由となすに足る違法の点を発見することができないので、右抗告人らの抗告は理由なしとして棄却すべきである。
よつて主文のとおり決定した。
(裁判長判事 大江保直 判事 岡咲恕一 判事 猪俣幸一)